福岡県は、県指定の伝統的工芸品35品のうち、博多絞など4品の指定を年内にも取り消すことを決めた。実態調査の結果、後継者がおらず、生産が途絶えていることが判明したためで、77年の指定制度の創設以来、取り消しは初めて。熊本、鹿児島両県も同様な実態調査に乗り出す方針で、伝統工芸の消滅の実態がさらに拡大する可能性もある。
指定が取り消されるのは▽博多絞(福岡市)▽手吹きガラス(北九州市)▽筑前ブンブン凧(直方市)▽広川下駄(広川町)。
制度は伝統工芸の振興が目的で、指定要件は(1)県内で生産されている(2)日常用品として使われている(3)原材料を含め特定の製造方法がある--の3点。指定品は県庁などで展示され、観光パンフレットにも掲載されるが、国指定のような経済的な支援措置はない。
博多絞など4品は、県が昨年から今年にかけて実施した初の実態調査で、職人の引退や廃業によってこの10年近く生産されていないことが判明。県は指定要件を満たしていないと判断した。
木綿と絹の絞り染めの博多絞は、戦前までは浴衣や小物が海外でも高い評価を受け、国指定の伝統的工芸品「博多織」と肩を並べる生産量を誇った。だが和装人口の減少などで約10年前に唯一の業者が廃業。他の3品も含め、生活様式の変化などで売れなくなったことが大きく影響している。
県中小企業振興課によると、残りの指定31品の中にも、生産者が高齢の職人しかおらず、「自分たちの代で終わり」という伝統品が5品ほどある。同課は「県財政が厳しく経済支援は難しい。地元の保存活動に頼るしかない」と話す。
熊本、鹿児島両県もそれぞれ69品、35品を指定しているが、既に生産が途絶えているものがあると見ている。このため今年度中に実態調査を終え、指定要件を満たしていなければ取り消す可能性もあるという。【三木陽介】
◇伝統工芸 熱意頼り
福岡県が生産の途絶えた伝統工芸品の指定取り消しを決め、伝統工芸の継承難が改めて浮き彫りとなった。時代の変化に伴う需要減で「伝統工芸では生活ができない」との声が上がり、職人の高齢化と後継者不足は深刻さを増している。県指定は行政支援が限定的で、多くが地元の保存会などの地道な活動と熱意によってかろうじて支えられているのが実情だ。
九州・山口では国の指定工芸品が9県で計36品。県指定は、制度がない山口と大分を除き7県で計219品ある。国指定には後継者育成や技術保存事業などに一部補助金が出るが、県指定にはなく、継承難に直面している品は少なくない。
福岡県太宰府市の「木うそ」もその一つだ。毎年1月7日に行われる太宰府天満宮の祭事「うそ替え」に使われる祭具で、天神様の使いの鳥といわれる「鷽(うそ)」が木に止まった姿を現した木彫りの人形。300年近い歴史を持ち、梅ケ枝餅と並ぶ天満宮名物の一つだ。
定年退職した元サラリーマンら地元の有志が保存会を起こしたのは98年。以来、毎月第2日曜に市の観光施設「太宰府館」で観光客らを対象に絵づけ教室を開いたり、地元の小中高で出張授業を行ってきた。毎年夏には、後継者育成のために市民を対象に講習会を開いてきたが、会員の一人、吉田幸一さん(74)は「これを生業としてやっていくのは難しいこともあり、僕たちの後に続く世代がなかなかいない」と嘆く。
現在、約30人の会員がいるが、職人は5人程度で平均年齢は60代。今年から講習の対象を市民以外に広げるなど伝統継承の模索は続いている。
久留米市の「筑後和傘」はさらに深刻だ。12年前に地元住民15人で保存会を作ったが、すでに10人が亡くなった。現在、70~80代の5人が4~10月に毎月2回ほど集まって手作業で製作を続けているが、洋傘の普及により、売れるのは飾り用などで年間20本前後。
江戸時代に生産量を伸ばし、幕末にはオランダにも輸出された実績を持つが、保存会代表の橋本渉さん(73)は「継ぐ人が出てきてほしいが、売れないからどうしようもない。みんな高齢だし、いつまで続けられるのか……」と肩を落とす。
県中小企業振興課によると、指定が取り消された工芸品については資料は残すが、現在のところ、抜本的な保存・振興策はないという。
指定伝統的工芸品 74年に「伝統的工芸品産業振興法(伝産法)」が制定され、国の指定制度が始まったのを受け、都道府県でも独自基準による指定制度が広がった。県によって名称は異なり、福岡県の正式名称は「県知事指定特産民工芸品」。ただ全国的に多くの指定品が後継難と高齢化に悩んでおり、全国の06年度の伝統産業界の従事者は9万3400人で、79年と比べ約3分の1。30歳未満の比率は74年は28.6%だったが、06年度は6.1%。