日光市で今月、タクシー運転手を狙った強盗傷害事件が二件相次いだ。手口は、刃物で刺したり殴打するなどして現金を奪うという手荒なもの。タクシーは完全な密室になる上、運転手は危険な乗客を見極めることも乗車を拒否することもできない。安全を守るにはどうすればいいのか。業界は難しい対応を迫られている。 (横井武昭)
「犯人はここから乗ったんだって? いつ自分の番になっか分かんねえし怖いわ」。JR宇都宮駅西口で客待ちをしていたベテラン運転手(63)が目をふせる。別の運転手(65)も「一時間以上並んでつかまえた客を断るわけにいかない。こっちも生活がかかってるし、悪い人に当たらないよう祈るしかない」とつぶやいた。
事件は四日と十三日に起きた。四日は、日光市で乗客の男が運転手(64)を殴り約三万円を強奪。十三日には宇都宮駅西口から乗った男が市内で運転手(68)の胸を刃物で刺し、約四万二千円を奪った。いずれも犯行後に運転手を助手席に乗せて自らタクシーを運転するなど手口が共通する。県警は同一犯による事件と断定し、三十歳前後の男の写真を公開して捜査を進めている。
全国的にもタクシー強盗は相次いでいる。警察庁によると、今年一~六月の認知件数は九十件。昨年一年間では百九十六件で、二年連続の増加となった。昨年十二月には大阪府東大阪市で無職の男(37)が運転手(67)に刃物で切り付け殺害、八万円を奪う事件も起きている。
日光市の事件を受けて、県内のタクシー業界は乗務員の安全確保に追われている。県タクシー協会は、加盟百十二社に安全対策を徹底するよう求めた通知を緊急配布した。
だが、県内の大手タクシー会社は「完全な防犯策などない」と頭を抱える。多くの社が運転席の後ろ側に防刃板を設置しているが、助手席側からは防げない。十三日の事件でも、運転手は人けのない山道で車から降ろされ刺された。日光など観光都市では「客に威圧感を与えコミュニケーションが阻害される」と防刃板導入を渋る社さえあるという。
車内の異常を知らせる車外灯は市街地を走る際にビルの窓ガラスに映り犯人に警戒される。緊急通報装置付き無線機は事件が起きた後では役に立つかもしれないが、犯罪の抑止効果は薄い。あるタクシー会社は「結局、お客さんへの声掛けや、何かあればすぐ外に飛び出せるよう個々で気をつけるしかない」とため息をついた。