命救ったとっさの連携/アパート火災救出劇

殺伐とした事件が相次いだ2009年だが、人の優しさを感じさせる出来事が秋田市であった。11月末に起きたアパート火災。火元の3人の命が、その場に居合わせた市民の手で救い出された。かかわった4人が15日、城東消防署から表彰状を受け取る。出火から消防車が到着するまでの5分間の救出劇を、関係者の証言でたどった。(矢島大輔)

 「天井から炎の雨が降っているようだった」

 目撃者がそう振り返る火災が起きたのは先月28日午後4時34分。秋田市東通5丁目の2階建てアパート1階の会社員男性(23)方から出火し、瞬く間に上階に延焼、2室計約37平方メートルが焼けた。火元の台所にはケーキをオーブンで焼いていた主婦女性(20)、居間には3歳の長女と生後3カ月の次女がいた。漏れたガスに引火したのが原因とみられる。

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 隣でラーメン店を営む佐藤恵里子さん(27)は「ボンッ」という大きな爆発音で皿洗いをしていた手を止めた。生後2カ月半の長男をおぶい、外に出ると、アパートの窓ガラスが周囲に飛び散っていた。中には生後3カ月の女児がポカンと口を開けている。

 「赤ちゃんを外へっ」。母親に促し、窓越しに女児を受け取った。自室に連れて帰り、毛布でくるんだ。女児の頭はホコリまみれで、髪の毛の先端はチリチリと焦げているようだった。「恐ろしかったけど、無我夢中だった」。まもなく、出火元の部屋が赤く染まっていくのが見えた。

 2軒隣の喫茶店でチャイを飲んでいた地元新聞社勤務の加藤卓哉さん(52)は、店の人から火災だと聞いて駆け付けた。小さい炎が数秒の間に勢いよく燃え広がる。パニック状態になっている母親に「子どもを急いでよこして! あなたも早く外に出て!」と呼びかけ、長女を窓から引っ張り出した。長女は泣きながら、激しく震えていた。

 まもなく母親は玄関から出たようで、トレーナーに短パン姿で立ちすくんでいた。誰かが渡したのか、薄手の緑色のコートを羽織っている。「緊急時に人を気遣う優しさを持っている人がいるのだな」と加藤さんは感心した。

 渡したのは、同じ喫茶店にいた不動産会社員の佐藤美徳(み・のり)さん(34)だ。火災に気づくと、緑色のコートを翻し、一目散に店の玄関を出た。その姿は「ドラマ『踊る大捜査線』の青島刑事のようだった」(工藤直美店長)。

 火元の上階にあたる部屋の窓から煙が出ているのがわかり、ヒールの高いブーツで2階まで駆け上がり、12室ある部屋の扉を片端からたたいた。「火事よ、早く逃げて」

 近くを歩いていた英語教師の米国人ヤンガー・アンドリュー・スコットさん(29)も美徳さんと一緒に走った。わかる日本語は少しだけ。「ダイジョブ?」「キケン!」。パーマがかった金髪に青緑色の瞳、180センチ超の大男が夏場に上半身裸でいる姿が周囲に知られていた。「こんな一面があったとは見直した」(近隣住民の女性)。

 加藤さんが母親と女児2人を近くのコンビニ駐車場に連れて行き、到着した救急車に乗せた。母親が首に軽いやけどを負っただけだった。火災は午後6時8分に鎮火した。

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 救出劇を担った4人はそれぞれ、こう振り返る。「みんなが自然と連携できたから、助けられた」(恵里子さん)。「記者をはじめた頃から火災現場は100回ぐらい経験した。おかげで落ち着いて対処できた」(加藤さん)。「とっさの行動の積み重ね。幼児が中にいたら、何も考えずに助けるでしょ?」(美徳さん)。「怖かった。故郷で消防士をしている兄に『(敬意と親しみを表して)クレージーな仕事だね』って電話したよ」(スコットさん)

 城東消防署は表彰理由を「消防車が着いてからでは、命は危なかった。世知辛いご時世に、市民の善意を感じさせる」と説明している。

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