窃盗:売り上げ800万円、車から盗まれる--鉾田・駐車場 /茨城

20日午後7時半ごろ、鉾田市大竹の大竹海岸駐車場で、小美玉市の自営業の男性(26)から「車の窓ガラスが割られ、中に置いてあった現金が盗まれた」と鉾田署に通報があった。同署員が駆けつけると、ワゴン車の後部窓ガラスが割られ、荷台部分にあった現金約800万円の入った金庫が盗まれていた。同署が多額窃盗事件として調べている。

 同署によると、現金は19日に大竹海岸駐車場で行われた環境イベントの売り上げや経費で、男性は20日朝からイベントの後片づけをしていた。金庫は特設のプレハブ小屋で管理していたが、小屋の撤去に伴い、同日午前11時ごろ、ワゴン車に移動した。最後に金庫が車内にあるのを確認したのは、午後3時ごろだったという。【鈴木敬子】=一部地域既報

松原1号墳丘墓:勾玉など521点 ガラス出土は県内最古 11日現地説明会 /鳥取

◇市埋蔵文化財センターが発表
 鳥取市松原の松原1号墳丘墓から521点ものガラス製品が出土したと市埋蔵文化財センターが発表した。墳丘墓は弥生時代後期前葉(約1900年前)のもので、ガラス勾玉(まがたま)が出土した墳丘墓としては県内最古になる。ガラス玉類の二大分布圏の九州北部と丹後地方以外でこれだけ大量のガラス製品が出土するのは極めて珍しいという。

 墳丘墓は東西約13・5メートル、南北約12メートル。内外に約30基の埋葬施設があり、うち4基からガラス勾玉や小玉などが出土した。ガラス玉は白く風化することが多いが、保存状態が良く、青い輝きを残している。当時、ガラス製品は貴重で、センターは地域を治めていた有力者の墓の可能性が高まったと説明している。

 高田健一・鳥取大准教授(考古学)は「ガラスの加工場があった丹後から流れてきたと考えるのが自然だろう。周辺にはほかにも墳丘墓が見られるが、時期や副葬品から見て松原墳丘墓に埋葬された人物がこの地域の埋葬の先駆者ではないか」と話している。

 現地説明会は11日午後1時半から。問い合わせは市埋蔵文化財センター(0857・22・0366)へ。【田中将隆】

殺人現場付近の秘湯、女性客追いかける不審者も

大分県別府市明礬(みょうばん)の山道沿いで若い女性の遺体が見つかった殺人事件で、同県警は6日、DNA鑑定の結果、遺体は神戸市垂水(たるみ)区、看護師横手宏美さん(28)と断定したと発表した。

 横手さんの目的地は現場近くの秘湯「鍋山の湯」とみられる。周辺では温泉客を狙った窃盗事件が相次ぐほか、女性客を追いかけたり、カメラを構えたりする不審者が度々、目撃され、安全性への懸念が広がっていた。

 遺体の発見現場から北西約200メートルには「鍋山の湯」、さらに南西約800メートルに「へびん湯」、東約300メートルには「鶴の湯」という露天風呂がある。いずれも管理施設がない混浴で、「別府三大秘湯」と呼ばれる。

 地元の温泉愛好家らによると、秘湯からは別府市街の夜景が一望できる。夜は照明施設もなく、真っ暗なため、入浴姿を見られないように日没後に訪れる女性が多いという。

 常連の市内の男性会社員(51)は「秘湯周辺の山道には不審な車が止まり、若い女性客の車が通ると後を追いかけていた。盗撮目的なのか、草陰で望遠レンズを構える男もよく見かけている」と話す。

 県警別府署によると、この三つの秘湯では2008年、窃盗の被害届が11件出された。いずれも車上荒らしで、窓ガラスを割られ、現金が盗まれるなどしていた。09年以降、被害届は出されていないが、別府市観光協会はホームページで、「(窃盗などに)十分に気をつけて下さい。ご自身の責任と判断で入湯して下さい」と注意を促していた。

 大分市の女性会社員(24)は「4、5年前に入浴したが、最近は犯罪が多発していると聞き、近寄らないようにしていた」と話した。

(2010年9月7日 読売新聞)

中学校侵入の米兵2人逮捕

三沢市の中学校に忍び込んだアメリカ軍の男性兵士2人が建造物侵入の現行犯で5日、逮捕された。逮捕されたのはアレクサンダー・リー・ミッチャム容疑者23歳と、ジョン・フランク・スコアソニー三世容疑者26歳の2人。警察の調べによると2人は5日の午前6時前、三沢市松園町2丁目の第一中学校に窓ガラスを割って忍び込み、非常階段を3階まで上っていた。近くには大会の準備のため柔道部の生徒や保護者が集まっていて、物音に気づいて警察に通報し、2人はその場で逮捕された。忍び込んだ非常階段は老朽化のため閉鎖され、教室などとはつながっていなかった。逮捕された2人は韓国から三沢基地に出張中で、当時酒に酔った状態で、三沢警察署が動機などを調べている。

優樹菜 フジモンは「父と同じ加齢臭」

8月28日に入籍したお笑いコンビ・FUJIWARAの藤本敏史(39)とタレント・木下優樹菜(22)が2日、都内で結婚報告会見を行った。17歳差で“美女と野獣婚”とも称された新婚カップルは、木下が藤本を「すごくブチャイクな王子様。お父さんと同じ加齢臭がするが、今はないと落ち着かない」と話せば、藤本もプロポーズでガラスの靴を渡したエピソードを披露。年の差を乗り越えた深い愛を見せつけて終始、のろけっぱなしだった。挙式は12月に都内で行う。

  ◇  ◇

 22歳の新妻が、39歳の夫の肩を叩いて甘える姿が印象的だった。その様子はまさに「美女と野獣」。一見、不釣り合いにも見えるカップルが振りまく幸せオーラには、集まった100人の報道陣もあてられっぱなしだった。

 一昨年11月、藤本からの告白で交際を開始。当初、藤本を視野にも入れていなかった木下も、楽しい時間の連続に、心を奪われていった。

 プロポーズは6月。場所は2人が大好きな東京ディズニーランドのシンデレラ城前、閉園間際の午後10時ごろだった。

 「僕のお嫁さんになって下さい」と特注のガラスの靴を渡され、「ハイ、よろしくお願いします」と即答した。感涙したシンデレラには、行きと帰りの景色が別世界だったという。「そのときは世界で一番、優樹菜が幸せかもって。調子に乗りました」と振り返った。

 のろけは約40分も続き、藤本のことを「すごくブチャイクな王子様」とも。「最高に面白いと思う芸人は?」の質問に「ブラックマヨネーズ」を挙げた木下だったが、藤本は「こんなん言うてますけど、“世界で一番面白い”って言ってくれます」とタネ明かし。

 苦手だった不惑目前の加齢臭すら、「今はトトちゃん(藤本)のにおいがないと落ち着かない」という。このアツアツぶりだと、「3人欲しい」と声をそろえた赤ちゃんの誕生も遠くなさそうだ。

コントラバス盗んだ容疑者「ネットで見て欲しくなった」

 コントラバス奏者の斎藤輝彦さん(57)=東京都三鷹市=の自宅で今年5月、コントラバス5台など(計約5326万円相当)が盗まれた事件で、警視庁は31日、別の事件で逮捕された神奈川県厚木市戸室1丁目、会社員藤田雄也容疑者(26)を窃盗などの疑いで再逮捕し、発表した。藤田容疑者は約1年前からコントラバスを習っていたといい、「インターネットで斎藤さんのコントラバスを見て、欲しくなった」と容疑を認めているという。

 目黒署によると、藤田容疑者は、斎藤さんが留守にしていた5月1日から同月4日の間に、1階勝手口の窓ガラスをガスバーナーで焼き切って侵入。2回にわたり、コントラバス5台、弓19本などを盗んだ疑いがある。4日に旅行先から帰宅した斎藤さんが被害に気づいた。斎藤さんによれば、コントラバスはいずれもイタリア製で、1700年代後半~1927年に作られた。うち2台は時価1千万円という。

 藤田容疑者はレンタカーでワンボックス車を借り、1回目にコントラバス3台、2回目に2台を持ち出したという。自宅からは斎藤さんのコントラバスのほか、別の場所から盗んだとみられるコントラバス1台も見つかった。自らもコントラバス(80万円相当)を所有していたという。

 斎藤さんはコントラバスの販売も手がけ、自宅で展示していた。藤田容疑者は「以前に見に行ったことがある」と供述しているという。

茨城空港の「曇りガラス」飛行機見えないと不評

茨城空港ターミナルビルの来場者が7月末、開港から4か月半で50万人を超えた。

 1日当たりの来場者数は平均3700人で、当初見込んでいた500人程度を大幅に上回った。新たな人気スポットとして期待が高まるが、来場者の視界を遮る「曇りガラス」がその先行きを不透明にしている。

 ターミナルビルは駐車場が無料のため、平日でも空港を一目見ようと、茨城県内の住民団体や老人クラブが気軽に訪れている。飛行機の離着陸が目の前で見られる2階の送迎デッキは、航空機ファンや家族連れがカメラを向ける絶好のスポットとなっている。

 ただ、滑走路の先には航空自衛隊百里基地があり、基地保全の観点から、送迎デッキは斜めから見ると透過できない加工を施した特殊ガラスを使用。このため、見学者はガラスのすき間からのぞき見るなどの不便を強いられている。

 県空港対策課は、視界の悪いガラスについて「不便とは思うがバランスをとった形なので……」と釈明。19日の県議会出資団体等調査特別委員会では、「基地側に何かつけたら」と改善を求める声もあった。

(2010年8月20日09時52分 読売新聞)

東京で空襲があった

◆いきなり爆風、体が浮き上がった/78歳女性の記憶

 1945年8月。東京では空襲が続いていた。「東京大空襲・戦災誌」(東京空襲を記録する会編)によると、10日早朝には米軍機150機が板橋や王子地区を襲い、1万人近くが被災し、約200人が死亡。さらに13日、品川や蒲田方面を60機が襲い、30人が死亡している。

 当時、品川区の大井鹿島町(現・大井6丁目)に住んでいた日比野繁子さん(78)=大田区山王1丁目=は当時13歳。13日、庭の一角に作っていた菜園に爆弾が落ちた。

     ◇

 あの日はいつも通り、午前5時20分に起きた。すぐ警戒警報が鳴ったが、朝食もその後の部屋の掃除もいつも通り。そこへ、小型機のキーンという甲高い音と高射砲の音がした。空襲に慣れちゃっていたから、父はまだのんびり新聞を読んでいたわね。でも母はすぐに私と地下壕(ごう)へ向かったの。父が証券会社を経営していたから、家の敷地は広く、地下壕につながる地下室もあったのよ。

 地下道でいきなり爆風を受け、体が浮き上がった。もう少し広ければたたきつけられていたわね。その時、私が真っ先に心配したのは、炊いていた小豆のことだったのよ。

兜町は情報が早かったようで、12日には父の元に敗戦の情報が入っていたの。現実主義者の父は軍部が嫌いで、「戦争が終わるのはおめでたいから赤飯を炊こう」って。13日の朝から、貴重な小豆を炊いていたの。

 結局、家族は無事で、家屋もガラス戸や障子が吹き飛んだだけ。家の中に1センチほどの土が積もっていて、掃除は大変だったわ。そうそう小豆はね、ひしゃげたお鍋ごと七輪の中にあったわよ。たしか、汚れをとって、食べたはず。

 田舎がなかったから44年11月から箱根の旅館の一角を借りて、「半疎開」って言って、行ったり来たりしていた。当時箱根には、日本にいた外国人が集められていたんだけど、女の人たちが絹の服を着て、スカートをはいていてね。うらやましいなあ、と思っていた。

 だから戦争が終わってすぐ、父のスーツを仕立て直してツーピースをこしらえた。9月に箱根から完全に引き揚げるとき、それを着て品川駅に降り立ったら、通りがかりの男性に「何でそんな格好しているんだよ」って怒鳴られたわ。

 特別おしゃれなわけではない。でも、戦後はズボンをはかなかった。モンペなんかはかされたことへの抵抗、ね。ふつうの人たちがささやかな楽しみも制限される時代は、絶対におかしいでしょう。

顕微鏡:ペットボトルで手作り 子供たち参加--岡崎 /愛知

岡崎市康生通西の市図書館交流プラザで10日、顕微鏡を使った観察とペットボトルで顕微鏡を手作りする教室が開かれ、大勢の子供たちが参加した。

 同市の基礎生物学研究所が夏休み特別企画「顕微鏡で小さな生き物を見てみよう」と題して開いた。同研究所で使っている「実体蛍光顕微鏡」など計13台を用意し、オオミジンコの卵やカブトムシの触角などを観察。また、子供たちはペットボトルのふたの中央に約2ミリの穴を開け、小さなガラス玉を詰めて手作り顕微鏡を仕上げた。早速、塩の結晶やタマネギの薄皮の細胞を観察していた。【佐野裕】

夏休みの中高生?交番ガラス蹴って割る 大阪

1日午後11時25分ごろ、大阪市平野区喜連西の西喜連交番で、2人組の男の1人が出入り口のドアガラスをけって割り、自転車に2人乗りして逃走した。交番内には署員2人がいたが、けがはなかった。

 平野署は器物損壊事件として捜査。同署によると、2人はいずれも中高校生風。ガラスを割った男は白のワイシャツと黒のズボン姿で、もう1人は黄色のハーフパンツをはいていた。